震災から半年

3.11のあの時,私は九州にいて,畑で仕事をしていた。3時の休憩をしようと事務所に上がったら,皆がテレビに集まっていた。何事かと聞くと,大きな地震が起こったようだと伝えられた。しばらくして,津波仙台空港を飲み込む映像を目撃した。


あれから半年。


8月に,福島県の久ノ浜の様子を見る機会を得たので,紹介する。








家が絵で彩られているのは,最後のお化粧なんだそうだ。今までありがとう,せめて最後の時を美しく,という想いを込めて描いている方がいると聞いた。


この様子を見た時,なんでなんだ,なんでこんなことに,って悔しさが込み上げてきて涙があふれそうになった。悔しさを叩きつけたくて,でもどうしようもなくて,天を呪いたくなった。シャッターを押していいのか,写すことも冒涜のように思えて,それでも写さずにはいられなかった。


どうか知って欲しい。福島には,まだこんな地域があることを。

二度目のアクアマリンふくしま

また来るからね,と言ったからには行かねばなるまい。と言う訳でまた行ってきた。
今度はTwitterで知り合いになれた福島在住の方と,待ち合わせ。



今回はとてもよく晴れた。青い空がまぶしい。



前回紹介した写真だが,震災でゆがんだのではなく,波をイメージしたデザインですよと指摘を受けた。すみません,お恥ずかしい。






晴れていると光が燦々と差し込んで,とても明るい。植物にも水槽にも光が降り注いで,美しかった。植物を含めた生態展示を維持するために天井が透明なのだろうか?



セイウチ大きいよセイウチ。ちょうど餌やりの時間に遭遇したので,活発に動き回っていた。あとで水槽に近寄って,ど迫力を楽しんだ。声も大きくて,外まで聞こえるんだそうだ。




今回はバックヤードツアーに参加。ボランティアのおじさんが案内してくれた。一緒に行動していた方が福島県在住と知るや,ローカルネタで盛り上がっていた。


水族館の入り口裏。コンクリートの壁が1mほどずれている。仕様ではなく震災でずれてしまったとのこと。




今回はちびっ子が多すぎてやっぱり入れなかった蛇の目ビーチ。そうそう,ここに植えてある植物も,比較的塩害に強いものが選んであるとのこと。失礼しました。福島県の仲田種苗園が開発した「浜っ子ターフ」という資材が使われていると伺う。


いわき市の誇る名所ですよ,と嬉しそうに,誇らしげに語られた。
秋の三連休のお出かけにいかがでしょう。涼しいというポイントもお勧め。
放射線量が気になる・・・という方もいるかもしれませんが,いわき市放射線量はかなり低いですよ。

アクアマリンふくしまへ行ってきた

きっかけはid:tetzlさんのエントリを見たことだった。
よみがえれ。 - tetzlgraph てつるぐらふ


アクアマリンふくしま
3/11の地震津波で,壊滅的な被害を受けた水族館。


7/15の再開に向けて頑張る復興日記を読み,再オープンした模様をつづったエントリ(2011 東北旅行 その4 アクアマリンふくしま - tetzlgraph てつるぐらふよみがえったアクアマリンふくしまに行ってきた。- かくいうもの)を読んで,とても行きたくなってしまった。


三連休の最後の日(7/18)にぽっかり時間ができたので,行ってみよう!と決意して車を走らせた。
私にとっては,はじめましての訪問。どんな水族館なんだろう。


着いたのは午後三時。遅くなったが,まだまだ賑わっている。
早く早く!と急かす子供たち。


入り口には,再開を祝うたくさんの花々。


はじめまして。出迎えてくれたのは,シーラカンスのアート。


入り口を入ってすぐのところに,年間パスポートの窓口があった。
せっかくなので作ってみる。・・・というところまではツイートしたのだけれど,その後は熱中してしまった。







近づいて撮影しているから大きさが分かりにくいけれど,小さな個体が多かった。調達するの,大変だったろうな。
以前からよく来ていたのであろう親子の会話が聞こえた。
「前にいた大きいの,どこいったの?」
地震でどっか行っちゃったんだよ」
・・・せつない。


でも,他の水族館で保護してもらったものたちもいて,
「わー,ここのはいるねえ!」
と子供たちが歓声をあげていた。


シーサーを発見。

かまれちゃうんですか・・・むしろ手を突っ込みたい誘惑にかられる。


植物の展示がしっかりしてあることに驚いた。
熱帯のゾーンはきちんと熱帯らしく設えてある。


マングローブのゾーンでは,マングローブの根が水槽まで届き,地上部の生態と水面下の生態がみられるようになっていた。暗くなりがちな屋内で維持するのは大変だろう。実際,他所の水族館では造花が用いられていてがっかりしたことがある。水面下では,本当に小さな,小指の先ほどのサイズの魚がマングローブの根をつついていた。


海も川も湖沼も,そこに住まう生き物たちも,独立してそこにいる訳ではなく,地上部の生態と繋がっている。それを感じさせてくれる,子供たちに説明できる仕様になっているのは,大事なことだと思う。


そして,人が関わる里山もまた多様性の高いゾーンであることをきちんと説明している。
外でのビオトープ里山ゾーンと砂浜ゾーンがある。


途中の休憩ゾーンに盆栽があった。極めて人工的であるけれど,奥底に流れる思想は外のビオトープと同じ。


砂浜ゾーン(蛇の目ビーチ)には入ってみたかったのだけれど,夕方6時をまわっていて,スタッフさんたちしかいなかったので恥ずかしくてやめておいた。また今度ね。

代わりに,スタッフさんに話しかけてみた。
「ここも津波の被害がありました?」
「はい,砂も岩も流されてしまって,砂は真っ平らになってしまったし,岩はほとんど端に寄っていたんですよ。真っ平らの状態から起伏のある地形にするため,再開の直前まで作業してました(笑)」
「そ・・・それは大変でしたね・・・あちらのスタッフさんたちは何の作業をしてるんですか?」
「三連休でアクアマリンえっぐの魚が釣られすぎたので,ちょっと補給をね(笑)」

ひとしきりお話ししたあと,「また来ますね」と挨拶したら,「ぜひいらしてください」と返して頂いた。
なんだかほのぼの。


里山ゾーンも津波を被ったそうだが,特に植え替えてはいないとのことだった。
はて,それほど塩害に強い種ばかりにも見えないのだけれど。



感謝のメッセージを掲げている。バックアップしてくれた他の水族館からのメッセージと,よみがえるのを待っていてくれたお客さんたちのメッセージも。



展示自体はとても美しい状態だけれど,窓の外の地面は波打っていた。

アスファルトもはげ,分厚いアクリルの壁も破壊された。その恐ろしさと,そこからよみがえったことを忘れないための記念碑。

車を運転していって分かったが,橋と道路の間にはかなりの段差がある。工事で埋めてあるが,早いスピードでは危ないところもあった。インターを降りてから通った工場地帯の道路には,大きな陥没,アスファルトがはげたままの部分,なぎ倒されて枯れた街路樹がみられた。アクアマリンふくしまの前の道路の信号は,止まったまま。改めて,地震津波の恐ろしさと,その被害のひどさを痛感する。本当に,こんな状態からよく再開できたものだ。



たっぷり堪能して遅くなった。

でも,バックヤードツアーもアクアマリンえっぐも時間が遅くて見られなかった。悔しい。


また来るからね。

Two body problem


森で見つけたきのこと,美しい色彩の葉。...何の病斑かなっ


Two body problemを抱えているよというプロフィールを出している割には,夫婦生活のことを書いたことがないので,書いてみる。


Two body problemって何,という方はこちらをどうぞ。


 ここでは「自分のやりたいこと,キャリアへの思いが強ければ強いほど,パートナーと住む場所が離れてしまうこと」とあるけれど,私の場合はそうでもなく,恋愛時代から遠距離だったし,結婚して仕事を辞めるという発想がなかっただけ。あ,こういうのをやりたいことへの思いが強いというのか?
 大学院を修了したときは,当時つきあっていた相方に仕事しないから面倒見てくれなどと言えるはずもなく,それほど裕福でない実家に戻る訳にもいかない,じゃあ自分で自分のご飯代を稼がなきゃっていうことで就職。就職したら九州へ行けって言われ,そこでがむしゃらに頑張る。途中で結婚もした。今に至る,という感じ。


 仕事を辞めるという判断はなかったのか,と思い返すと・・・最初の5〜6年くらい,仕事できついことがあると「もう辞める〜」とよく泣いていた。すると相方は「いつでも辞めていいよ」と応えてくれ,それなら(逃げ場があるなら)もうちょっと頑張ってみよう/誰が辞めるかーという負けず嫌いな性格が発揮されて,踏ん張ることができたように思う。
 で,踏ん張っていたら,いつの間にか仕事が面白くなったし,責任も増して簡単に辞められる状態ではなくなってきた。それによく情報を集めると,今のポジションは働きながら勤めるのにすごく有利な状況で,継続した方が良さそう,という判断も働いている。


 離れていることが辛くないかと問われると,辛い時もあるが大部分の時間はそうではない,と答えられる。長く離れて暮らすうちに,この状態は「日常」になった。ストレスっていうものは,変化に対して起こる。私にとっては,離れていること自体が日常的なので,ストレスを感じなくなり,無理することもなく維持が可能になっている。今では。


 で,月に一回,格安の航空券を使って,どちらかが行き来する,という生活を営んでいる。私はこれを「定期帰宅」と名付けて,職場で使っている。冷やかされるのが苦手なのと,お土産を買うのも大変なので,定期帰宅ではあえて何もしない。1〜2日休むのみ。職場の皆にとっても,自分にとっても日常とさせてもらっている。特に驚かれることもなく,「あ,定期帰宅?気をつけてー」くらいに扱ってくれる今の職場は,とてもありがたいと思っている。

おーわった!


熊本の菊池渓谷。新緑&紅葉で有名。川沿いに散歩ができるので,水系好きなわたくしにはたまりません♪これは一昨年の写真。


講演Bを行ったのは飛行機を乗り継いで行く某北の地。
美味しいものがいっぱいあるのにー胃が痛くて食べられないなんてー・・・とぼやくものの,昼ご飯はちゃっかり名物を食す。や,だいぶ胃の痛み治まったしっ。午後からの講演だからエネルギー充填しておかないと。


講演するのは私を含めて3人。うち1人は大学のそーとー偉い方。うーんこういう人と一緒に並べられるのはどうなんだよーと思いつつ,気さくな方だったのでいろいろお話。こういう偉い方はたいてい女性とお話するの好きなので,質問すればするだけよく話してくれる。講演で笑いを取りにいきますか?と伺うと,「今日は会場が硬いからちょっと難しいな。最初にやって反応がないと怖いよ。そういうときはさっさと話題を切り替えるね」とお答え。話し込むと仕事に傾けている情熱が垣間見えて,ポジティブなエネルギーを受けられる。


講演に先立ってショートスピーチ。別にやれと言われた訳ではないけれど,どうして講演をするのか先に分かってもらえた方が,スライドが入っている意味が分かるはずと思った。最初は,仕事にかける情熱部分をぶつけてみようかとも考えてみたが,危険すぎると判断して止めた。でもちょっとやってみたかったな。先人がなんとかしようと散々苦労して今の技術があって,でも理解されてない部分が多くてもったいない,で私が引き継いで...先人の苦労を無駄にしないためにもっ...ははは止めといてよかったな。


講演自体は自分でも驚くほど冷静に始められた。たいてい足が震えていて,ポインタが震えるのでかっこわるいのだけれど,今回は全然震えなかった。理由はよく分からない。声が最後には枯れてしまったことを除けば,まあ上手いこと話せたと思う。笑いは取れなかったけど。くう。


その後懇親会に(強制)参加。思った通り次々に人が話しかけてきて全く食べられない。気を使ってホテルスタッフやホストの方が料理を取ってくれるも,,,無理!もったいなかった。うう。でもね,懇親会で話を聞くと,本当の要望や講演の理解度がよく分かるのです。だから質疑応答の濃い時間ととらえて,ええ自腹切ってますけど,これも仕事の一環。


しかし今回は航空券とホテルのチケットを渡されただけなので,家から空港へ向かう交通費とか駐車料金とか空港に着いてから駅への交通費とか,全て自腹。お土産も当然自腹切る。ああ,赤字...ちみっちゃい額ではあるけれど,こういうのは少々意欲を削がれる。民間はこういうもんなのかな。やれやれ。


そんなこんなで締切り連続シーズンがようやく終了。来週から腰を据えて,本業に取り組む。

不調が身体へ


去年の紅葉。今年は撮りに行く暇がないー


講演Aの朝,遅刻ぎりぎりで目が覚めた。うわっ,ほんとにまずい!でバスからJRに切り替えてなんとか間に合った...のだけれども。
講演を終えてふらふらと電車に乗ったら,口開けて腕投げ出して茫然自失状態(相方からは「不審な人」とか言われたぜちくしょうっ)。
終わったのよね。現実感ない。力入んない。


翌日...吐いて熱出して寝込んだorz


次の日にはふらふらしながらも出勤できたが,重いもの(肉・魚・油)が食べられない。胃がちくちくして,たまにずきーんと痛む。胃炎かな。


あー,うまくストレスを逃がせなかったのと...多分年だから...(切ない響きだわ)かな...


吐いた翌々日(今日だ)も休みだったのでどうにかなった。
ゆっくり休んで,体調も8~9割方戻った。


明日,寒い地方へ飛んで講演Bに向かう。
これが終われば早急の締切りはないし,精神的なストレスはほとんどなくなったから,大丈夫だとは思う...が...






懇親会の酒が怖いぜ。ふふふ。
去年の似たような講演後の後は名刺攻撃でなーんも食べられなかったからなー(TT)
無事の帰宅を祈って下さいませ....


反省:1時間の講演はどうしても早口になってしまう,もう一人の方が実験のエピソードなどを交えてごく普通に話していたのが印象的だった。今度はあんな感じでやろう。

締切りは連続で置くもんじゃない

一週間ごとに締切りがあって死にそうだった。


科研費申請仮〆

学会

論文投稿

講演Aのテキスト

科研費申請本〆・年報2本

講演Bのプレゼン(東京から取りに来られたorz)

講演A
↓   ←いまここ
講演B

最初のうちはなんとか集中して仕上げられたが,もう最後には踏ん張れなくなってだらだら長時間労働。力技で仕上げられるには,もう少し間を置かないと無理だとよく分かった。ストレスを解消しようと思っても,締切りがある限りどうしても完全に気が抜けないので,じりじり精神的に追いつめられた。

あーやっと終わり見えてきた・・・やれやれ。